idematsu-qのブログ

屋根のない学校をつくろう

履修制と修得制

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虹の根元に、きっと宝物がある(イデちゃん)


 「分数のできない学生が大学にいる理由は小・中学校の教育が質的に不十分であって、学力の備わらない生徒を高校に送るからである」「戦後の小・中学校には落第や留年の制度がなく、学業の遅れた生徒でも『寒天突き』のように卒業させてしまうからだ」という指摘を読んだ「横丁のご隠居」が吠えた。

 

「てやんでー、学生の分際で分数ができない奴がいて困るんだったら、最初からそんな奴は入学させなきゃいいだろうに。入学させておいて、今さらできねーのは困るなんて問題にしたって始まらねーだろ。それとも何かい、そんな奴でも入学させなければ大学がもうからねーってのかい」

「算数できねーから落第させてやり直せってか。ひでーこと言うじゃねーか。じゃ、なにかい、跳び箱跳べねー奴も落第させんのかい。そんなことした日にゃ学校中が『ところてん』だらけになっちまわあ」

 

 山崎正和さんは2007年に中央教育審議会会長に就任しました。それから14年たった今の中教審でも「履修制」と「修得制」が議論されているようです。わかりやすく言えば、できなくても進級・卒業させる「寒天突き」は履修制。これに対して、できが悪かったら「落第」させ、やり直すのが「修得制」です。

日本の公立小・中学校は年齢主義を取っており、年齢によって所属する学年が決められています。文部科学省は、学習指導要領により各学年で学ぶ内容を定めています。これは教育の機会均等を確保し、全国のどの地域で教育を受けても、一定の水準の教育を受けられるようにするためで、「到達基準」を示したものではありません。ですから「履修」、つまり学習すれば進級できるわけで、成績不良のために俗に言う「落第」、正しくは「原級留置」となるケースは稀です。

これに対して修得制は、一定の資質・能力に到達しなければ、学年の修了や卒業認定がされない制度です。高校や大学はこの制度を取っています。他にも修得制のわかりやすい例に自動車学校があります。自動車学校では教程段階ごとに試験があり、合格しなければ次に進めません。最後に路上検定に合格しなければ卒業は認定されず、運転免許取得に必要な条件を得ることができません。「履修」しただけではダメということですね。

 

近年、エビデンスに基づく教育(Evidence Based Education)の推進が強く求められていますが、教育の質の成果を測定することは簡単ではありません。最近、注目されている「非認知能力」もその一つです。試験等で図ることが難しい能力まで含めた修得制には限界があります。会議では「履修制」「修得制」のどちらがいいかという議論より、両方の良さをどのように活かしていくかという方向で話し合われていると聞きましたが、取りまとめに注目したいと思います。

 

最後に隠居の捨て台詞を

「小学校ん時にできなくたって、大人になればできるようになることだってあらあな。落第なんかさせてるより、早く娑婆に出した方がいい。だけど勉強の仕方だけはちゃんと教えておいてくんな。それじゃねーと娑婆で役に立たねーや」(イデちゃん)