idematsu-qのブログ

屋根のない学校をつくろう

やったつもり、わかったつもり。それでいい!?

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40歳の君子蘭が今年も咲いた。すごい生命力だ(イデちゃん)

 「学びの衰退」は表現したり、主張したり、議論したりする力の低下として現れます。樺沢紫苑氏の「人生を変えるのは、アウトプットだけ」という指摘に一層の重みを感じます。学びの場の空気を変えるのは、学ぶ人自身の「わかりたい、できるようになりたい、もっと上手になりたい、人に伝えたい」といった「内発的なエネルギー」です。ミナ先生にそそのかされて必死に「自分の考え」を出そうとしている学生に期待し、エールを送ります。今川義元の陰謀に負けてはなりません。

 

  「やったつもり」「わかったつもり」「できたつもり」で終わらせる。そのうちできるようになるという手形には決済日が書いてないと書いたら早速、反応がありました。「だから、分数できないまま、大学に来るんだね」「ちゃんと小学校でできるようにしてくれないと困るよ」困るのは誰でしょう。分数の計算ができないのに大学に入学しちゃった学生ですか。それとも、できるかできないか確かめないで入学させた大学ですか。

 大学の先生が書いた「分数ができない大学生」という本が出版され、国を挙げて大騒ぎになりました。「ゆとり教育」など止めて、もっと勉強させろと学習内容を増やし、教科書も厚くなりました。やることが増えた学校は「早く正解にたどり着くよりも、補助線を引く面白さを学ばせる」時間がなくなるほど忙しくなり「やったつもり」「わかったつもり」「できたつもり」で終わらせて、「そのうちできるようになるよ」という空手形でも発行しなければ、間に合わなくなったのです。

 

 私たちが深刻に受け止めなければならない「学びの衰退」です。そこそこベンキョウはできるけど、「自分で課題を見つけて、自分で考える」力を持ってない学生が多くなったのです。「自分の意見を言わない」「人と違ったことはしない」学生の増加です。分数のできない学生の問題を小中高校の学習量にすり替えて「もっと勉強させろ」と取り組んだ「教育改革」が「学びの衰退」の一因になっているとしたら、とんだ「喜劇」ですね。悲劇か?

 

  ところで、全国学力・学習状況調査の教科になぜ社会科と理科が入ってないのでしょうか。大学に行って「社会科ができなくて困った」という話を聞いたことがありますか。「理科教育振興法」という法律をご存知ですか。「科学立国」の中身に「人文科学」は入っていますか。いろいろな法律や教育施策が整備される中で「社会科教育振興」のための施策はありません。議論にすらなりません。何故だろう、不思議ですね。

  小学校社会科は、地域社会や我が国における人々の社会生活を広い視野からとらえ、総合的に理解することを通して、公民的資質の基礎を養うことを究極的なねらいとしている教科です。こんなに重要な教科なのに社会科の学力が低下したと問題になったことはありません。「小学校ん時にできなくたって、大人になればできるようになることだってあらあな」とみんなが思っているからでしょ。それより、科学立国のためには分数の方が大事なのです、なんてね。

  「それを言っちゃ~おしめえよ」って叱られそうだな。(イデちゃん)