idematsu-qのブログ

屋根のない学校をつくろう

志望校に合格できなかったあなたへ

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Mさんが浪人中に広げてみた「選択肢」

前略

 どうしているだろうと心配しています。落ち込んでいるでしょうね。みんなが遊んでいる時も我慢して頑張ったのに、なんで自分だけ。結局、自分はバカだったんだ。ダメ人間の烙印を押されたみたい。もう人生は終わり――と思っているのでしょうか。

 今日はあなたに、二人の大学生を紹介させてください。MさんとSさん、ともに看護大学の4年生です。まもなく卒業する二人には共通点がありました。それは「医学部第一志望」、看護は「行きたくなかった学部」だったのです。

 

 Mさんは2浪でした。5年前の3月、予備校の仲間たちの「合格」が次々に決まっていくのに、自分だけは2浪が決定しました。今ふりかえっても、この時期が最も辛かったといいます。勉強の仕方が悪いのか、そもそも向いていないのか。私立大学の医学部は受験料も6万円以上と、かなり高額です。親にも申し訳ない。浪人生活が辛く、かといってやめることもできない日々が重たくて、「早く地球が滅びないかな」と思っていたそうです。

 その一方で、もし医学部に入れなかったらどうしたらいいのかと考え続けていたそうです。働こうか。それとも文系に転向し、MARCHクラスなんてどうだろう。みんなが知っている大学だから外聞も悪くなさそう。なんせ地元で一番の進学校に通っていたのだから…。たくさんの選択肢を紙の上に広げ、張り合わせてみました=写真=。

 それでも看護だけは排除していました。偏差値が医学部より下、現場でも医師より下という感じがする。3K職場だとも聞いているから。その時ふと、なんで看護はダメなんだろう、そもそもなんで医学部だったのだっけと考え始めていました。

 きっかけは、祖父の死だったのです。ちょうど高校の進路選択の時期でした。祖母や家族が見守る中、穏やかな表情で亡くなった祖父に別れの悲しさを感じる一方で「死は悪いものではないかも。残された人の糧になるのかもしれない」とも思ったのだそうです。生老病死を考える仕事をしたい。それがいつの間にか「医学部進学」に変化していったのだと気づきました。

 

 2浪しても医学部に手は届きませんでした。家族は3度目の挑戦を勧めてくれましたが、「味のある自分として生きていきたい」と看護学部に進みました。そこで力を入れたのは「医学部ではできない学び」でした。語学を集中的に勉強して短期留学をし、清拭やベッドメークなどを通して患者さんからも学びました。

 春からは看護師として病棟に立ちます。看護の現場に立つ者として、日本の生老病死を見つめていきたい、いずれは大学院にも進んで……新しい夢を膨らませています。

 

 今日はここまで。明日はSさんの話を書きましょう。草々。(マツミナ)