スマホからの生還

戸隠山(イデちゃん)
「ポケットからスマホを取り出すたびに、自分の意思で取り出したと思っているならそれは大間違いだ。フェイスブックやスナップチャット、インスタグラムを運営する企業は、私たちの脳の報酬系をハッキングすることに成功した」(スマホ脳」(アンデシュ・ハンセン著、新潮新書)
スマホに脳をハッキングされるとどうなるか。「時間の無駄だとわかっていても、スマホを手放すことができない。手が勝手にスマホに向かう。集中するのが難しくなる」(同書)。どうやら宇宙からの侵略者に代わって、我々の同胞が「地球人を白痴化して隷属させる」(イデ)ことに成功したようです。
ハンセンは同書の中で「スマホが及ぼす最大の影響はむしろ時間を奪うこと」だと指摘しています。19世紀に起こったラッダイト運動は「機械に仕事を奪われる」ことを恐れた労働者たちが起こした運動ですが、21世紀の私たちは「スマホに時間を奪われる」ことを恐れて「スマホ打ちこわし運動」を起こすでしょうか。
昔々四十数年前のことです。「テレビは想像力や思考力を低下させる」と大人たちが真剣(?)に議論をしていた頃、「テーレビばっかり見ていると、イーマにしっぽが生えてくる。 それは大変だ~ しっぽが生えたらどうしましょ」という歌が流行りました。テレビの前に座って何時間も見ている子供たちに「しっぽが生えてくるよ」と脅かしたのですが、効き目があったという話は聞きませんでした。「スマホばっかり見ていると、今に頭がバカになる」とスマホの画面に表示されたらどうします。「それでもスマホやりますか」それとも「スマホ打ち壊し運動」やりますか。
スマホの中で生きているような状態にあっては、スマホを破壊すれば「その人の世界が崩壊」(同書)します。それは生きていけなくなるということと同じですね。19世紀の労働者は、新しく登場した機械と自分たちの生存を対置させ、その上で相手を否定するという態度を選択しました。しかし21世紀、スマホに寄生して生きているような私たちにとって、自分の「世界が崩壊」するような「打ちこわし運動」は自殺行為に等しいと言えるでしょう。
「うちでは、子供たちがデジタル機器を使う時間を制限している」と言ったのは、他ならぬApple社を創ったスティーブ・ジョブズです。生き残る道はスマホが支配する生活から抜け出ることしかありません。「スマホに奪われた時間を取り戻し、立ち止まって思考する習慣をつけ」(ミナ)、スマホと自分との関係を対等に戻すことです。
と格好をつけたものの、どうすればいいか妙案があってのことではありません。とりあえず、「本を読もう」「考え、そして書くことを続けよう」「人と対話し、やりとりを復活させよう」って運動から始めるとしますか。(イデちゃん)