idematsu-qのブログ

屋根のない学校をつくろう

そのうちわかる時が来る

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花筵愛でる人こそ楽しけれ(イデちゃん)


 
「#教師のバトン」炎上。文科省の発案者もこんなはずではなかったと思っているかもしれませんね。

 

 

 春日八郎が歌っていたっけなあ。「♪死んだはずだよ お富さん 生きていたとは お釈迦様でも 知らぬ仏のお富さん」(山崎正作詞「お富さん」)って。お釈迦様でもご存知ないことがあるのだから、凡人には思いもつかないことなんて娑婆には山ほどあるってことよ。

 「ひとつだけ願わくば、学校の先生ですからもう少し品の良い書き方をしてほしいなというのは私個人としてはございます」とかなんとか文科大臣が言ったとか。

 「♪愚痴はよそうぜ お富さん…」

 日頃、教育や教師について研究したり評論したりいている「応援団」の皆様も意外に思っているんじゃねーのかな。ほら「藪を突いて蛇を出す」っていうだろ。出てきた蛇に驚くのは野暮ってもんよ。この際どんどん突いて蛇退治でもおやりなったらいかが。それとも「知らぬ仏」を決め込むかい。

 「♪いきな黒塀 見越しの松に 仇な姿の 洗い髪」 

 粋だねえ、お富さんは。今の若い衆は春日八郎なんて大昔の歌手なんぞ知らねーだろうなあ。(長屋の隠居)

 

 

 先日、「考える先生」プロジェクトに参加を希望する学生と話しました。「学校に行ったら、あれも知りたい、これも勉強したい」と考えている真面目で素直な教員志望の学生です。「生徒との関係を深め、受験や学校生活で悩んでいることにも相談に乗ってあげたい」と思いの丈を話してくれました。

 意地悪な私が「そんなに簡単に人のことはわからないよ。わかろうと努力しなくてもいい。そのうちにわかってくるから。でも、世の中にはわからないことの方が多いかもね」と、まぜ返すと学生は困った顔になり、一生懸命に答えを探していました。

 わかることやできるようになることを目的とする学校では、わからないことやできないことを放置することは許されません。わからないことを教えてくれるのが先生の役目ですから「わからなくていい」という今まで聞いてきたことと反対のセリフは学生を困惑させたようです。

 「僕たちは、時間をかけずに早く正解を見つけることがいいことだと思っていました」という彼らの世代にとって、「そのうちにわかるよ」なんてと言われても、雲をつかむような話かも知れませんね。

 

 「考える先生を育てる」プロジェクトの行き先は「そのうちにわかる」試みです。参加したらどんなインセンティブがありますかと尋ねられても「ありません」としか言えません。「何ができるようになるか」と問われても「そのうちにわかる」としか言いようのない話です。

 だから若者に「世の中をそんなに簡単にわからなくていい。そのうちにわかってくるから」と言ったのです。学校に通っている間に何かが見えてくるはずです。初めの頃には見えなかったものがだんだん見えてきます。同じように繰り返される風景の中で、見落としていたことに気づく時が必ずきます。それまではわからなくていいのです。世間には教えても説明してもわからないことがあるのですから。

 

 「そのうちにわかる」ということは「そのうちに見えてくる」ということです。見えてきたら考えることです。「なぜだろう不思議だな」という問いかけはテレビの幼児番組の専売特許ではありません。(イデちゃん)