ミナさんの駅での出来事の話を読んで思い出したことがあります
ミナさんの駅での出来事の話を読んで思い出したことがあります。私も似たような経験をしました。駅の改札口に、まだ駅員さんが立っていた頃の話です。小学校校長をしていた頃、学校だよりに書いたものを転載します。
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夕方の駅は利用客で混み合っていました。帰りの電車に乗るために、改札口の方に歩いて行くと、
「もうっ! だめじゃないの」「お母さんの手をちゃんとにぎってなさいって言ったでしょ」
若い女性の甲高い声が聞こえました。
声のする方を見ると、小さな男の子が引きずられるようにして歩いています。
さっきのせりふからすると、手を引いているのは母親のようです。
「よそ見してたらころぶわよ」「何度言ったらわかるの」
べそをかきかき、お母さんの後をついて行く男の子の顔が何か言いたげにゆがんでいました。
言葉にならない言い分を想像しながら改札口を通り抜ける時、駅員さんが硬貨の様なものでステンレスの台の縁を叩いているのが見えました。
『コンコン、コンコン』
よく通る音です。「何をしているのかな」と思いを巡らしながら階段の方へ向かうと、前方から目の不自由な男性が歩いて来ました。私は少し横に寄って道を開け、傍らを通り過ぎる彼を見送りました。
『コンコン、コンコン』という音が消えたのに気付いたのは、階段を上り始めた時です。振り返ると、その方は駅員さんと一言二言ことばを交わして出ていきました。
二人は知り合いなのでしょうか。見た限りでは初対面のようには思えません。駅の構内はいろいろな音が交錯しています。到着する列車の音、案内のアナウンス、行き交う人々の足音や話声。二人はそんな喧騒の中で、どんな言葉をやりとりしたのでしょうか。私は足を止めていた階段を再び上りながら考えました。
もしかしたら、あの二人は知り合いかもしれない。
だから、駅員はいつも駅を利用する彼に「お帰りなさい」とか言ったのかもしれない。
そして、「ありがとう」「気をつけて」、そんなやりとりがあったかもしれない。
もしかしたら、駅員は自分が改札口に立っていることを知らせていたのかもしれない。
もしかしたら、あの「コンコン」は二人だけに通じる合図だったのかもしれない。
もしかしたら、もしかしたら、勝手にそう思うことにしたら、なんだかとってもいい音を聞いたような気分になりました。 (平成六年六月 久我山小学校学校だより・一部改)
(イデちゃん)