idematsu-qのブログ

屋根のない学校をつくろう

短絡的な結論

 

 

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明日は会えるかな(マツミナ)

 順番とはいえ、お母さんを見送るのは切ないものです。イデちゃん、心からお悔やみを申し上げます。

 

 このところ、毎朝の散歩でカルガモの親子の安否確認をしています。10羽のヒナは変わらずにいるだろうか。昨日は確かにいました。ところが今朝はいない。川沿いの道を行ったり来たりしながら目を凝らしたのですが、姿が見当たらないのです。

 

 そんな心配を頭の隅っこにしまいつつ、今日も「質問力を磨く(Class Q)」をZoomで開きました。授業冒頭では毎回、リフクレションシートの一部を紹介しています。リフレクションシートは学生の気づきや学びの宝庫です。学生と私とのやりとりで終わらせるのはもったいない。学生に一言ことわりを入れて、名前を明かさず、切り取った一文を伝えています。今日はこの文章です。

 「1行から広げた100字の書評は空想や想像を含んでいて、一冊を読んで描いた書評に勝るものではない」

 こういう挑戦的なリフレクションシートは歓迎です。こちらが言ったことを鵜呑みにせず、立ち止まって考える姿勢があるからです。でも今回は、その後がいけない。「勝るものではない」は短絡的な結論で、切り込んできた姿勢が後退しています。何を判断基準に判定したのか不明です。

 よい、悪い、コスパがいい、有効、無意味、勝る、劣る、優秀、ばか、普通、当たり前…。この類の言葉は便利で、学生同士のリフレクションシートなどでしょっちゅう使われています。そこでこうした言葉も紹介しながら、短絡的な結論はあなたの思考をどうするか、と問いかけました。

 学生たちはリフレクションシートで返してきました。

 「短絡的な結論は確かに自分の思考を狭めるし、考えることをやめてしまうなと納得した。でも先生の言葉に納得した私の思考は、またもそうなってしまっているのかもしれない」

 納得してしまう自分に疑問を投げかけた。面白くなってきましたね。その一方で「どうしたら考え続けることができるのか、方法を教えてください」と書いてくる学生もいます。先生が答えを持っている、と思い込んでいる学生は少なからずいます。そういう学生でも、授業を通じた仲間同士のやりとりを通じて、自分で考えることの面白さに気づいていくようです。

 

 それにしても、カルガモの親子はどこへ行ってしまったのでしょうか。そういえば昨日の朝、親子の上流に、青大将がいた。あいつかもしれない。いや、あいつに違いない。目つきの悪い蛇だった…。あ、これが短絡的な結論でした。反省。(マツミナ)