idematsu-qのブログ

屋根のない学校をつくろう

決めるのは誰?

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散歩の途中で見つけた元気な2匹

   昨日(7月7日)は新型コロナワクチンの2回目の接種日でした。私は9時からのグループだったのですが、前回同様少し早めの8時半頃、会場に入りました。すでに待合所には先客が3人ほどいました。順番カードを受け取って椅子に座り、準備の様子を見ていました。しばらくすると打ち合わせを終わったスタッフが必要書類の点検にきました。

 今回は私のような2回目の人と初めての人が混在しているようで、スタッフは予診表をチェックしながら、「2回目ですね。前回、体調に変化はありませんでしたか」とか「今日は1回目ですね。受付番号は先着順ではありませんので、ご案内するまでお待ちください」などと、一人一人に丁寧に対応していました。本当に気を遣う仕事です。思わず「ご苦労様です」と挨拶しました。

 開始時間になり、番号順に呼び出しが始まりました。ところが何回呼ばれても現れない人がいます。一緒に来たと思われる人が「トイレに行ったまま、帰って来ない」と説明しています。「ちょっと見てきますから」と言って探しに行きました。しばらくして戻ってきましたが「トイレにいないんです」と困惑した顔で訴えていました。どこに行ったのでしょう。

 20分後、私は接種を終え事後観察を済ませて待合所に出ましたが、件の人物はまだ見つかっていないようでした。どこに消えたのでしょうか。注射が怖くなって帰ってしまったのでしょうか。「七夕ミステリー」です。

 

 「五輪、都内無観客で調整」(東京新聞7月8日朝刊)。トップ記事の見出しです。「五輪観客数の扱いについては、東京などの重点措置の対応を決定した上で、東京都、大会組織委員会国際オリンピック委員会(IOC)などの代表による五者協議で決まると強調」(菅首相談)と続いていました。

 お馴染みの「五者協議」です。これまで何度も繰り返されてきた常套句に多くの読者が「またか」と思ったことでしょう。この期に及んで、まだそんなこと言っているのですか。一体誰が決めるのですか。そんな思いで記事を読んだことでしょう。

 会議を構成するそれぞれの組織のトップが曖昧な表現を繰り返し、自分の意見や考えを明らかにしないのはなぜでしょう。「手柄は独り占め」にしたいけれど「失敗の責任」は被りたくないと考えているのでしょうか。でも、いずれ分かります。大会が成功すれば誰かさんが「得意顔」で「自分の手柄」にし、何か混乱が起きれば「みんなで決めたことだから」と「頰被り」するはずです。「決められない」のではなく、「決めたくない」だけの話です。

 

 先日の「質問力を磨く(Class Q)」は、「学校連携観戦プログラム」に関する記事を題材にして「杉並区の小学校長」になりきって問いをたて、考えたということですが、「杉並区」という限定を学生はどう捉えたのでしょうか。その辺りの「議論」の形跡を知りたいところですが、ま、それはともかくとして、「学生校長」は判断をしたのでしょうか。

 本物の校長は決めたくなくても決めなくてはなりません。それが校長の責任ですから。自分の学校の観戦競技や会場までのアクセス方法は既にわかっています。最寄り駅の一つ手前で降りて会場まで歩かなくてはならないこと、飲み物やトイレや暑さ対策が不十分であることなどは「コロナ感染」拡大以前から問題視されています。緊急事態宣言」が発せられたらどういう制約が加わるかということも承知のことです。中止や延期、無観客を求める声が少なくないことも。一方で、教育的意義も理解しているはずです。判断に必要な情報は十分揃っています。さあ、決めてください。

  To be, or not to be, that is the question. (イデちゃん)