急がば回れ
ミナさん、悩むことなんてないですよ。困難にぶつかるたびに「どうせダメだ」と諦めようとする学生なんて、私なら放っときますね。彼はきっと何とかしますから。
杉並区では区が管理する次世代育成基金を活用して、毎年8月に区内の中学生(希望者から選抜)をオーストラリアに2週間程派遣します。生徒たちはシドニー近郊にある杉並区の友好都市にホームステイして、提携する現地校に通います。事前に一人一人で課題を設定し、滞在中に情報や資料を帰国後にレポートにまとめて発表します。私は派遣団の団長として毎年引率していました。ホームステイを終えた生徒たちは帰国前の2日間はグループに分かれ、課題に従ってシドニー市内でフィールドワークを行います。引率教員が付きますが危険なこと以外は原則として口を出しません。生徒は班長を中心に自分たちで計画し行動します。私もグループと同行します。ある年、こんなことがありました。
シドニー湾にはたくさんのフェリー航路があります。私たちのグループはその一つに乗って対岸にある施設に行きました。見学を終えて帰りのフェリーに乗りました。桟橋を離れてしばらくして様子が違うことに気づきました。慌てて飛び乗った船の行き先が違っていたのです。生徒たちも気がついたようで不安な表情になり、どうしようと話し合い始めました。私と引率の教員は少し離れた場所で様子を見ていました。生徒たちもチラリチラリとこちらを見ては助けを求める信号を送ってきます。すると意を決した班長の生徒が船のスタッフに声をかけました。
「私たちはサーキュラキーに行きたいのだが、間違って乗ってしまった。この船はどこに行くのか」
引率教員は英語の達者な先生です。彼女は黙って彼とスタッフのやり取りを聞いていました。
「次の港で下船して、乗り換えたほうがいいか」
どうすればいいかと必死に問いかける彼にスタッフが答えました。「シドニー湾を一周してサーキュラキーに戻る。時間はかかるけど乗っていればいい」「船賃は足さなくていいよ」
拙い英語で私たちの安全と安心の確約を成立させたのです。彼が最後に言った「Thank you」は今まで聞いたことのない自信に満ちた響きでした。班長はグループのメンバーを集めて事情を説明しました。私たち二人も一緒に説明を受けました。何も付け足すことはありませんでした。
今、教育(学校でも家庭でも)に必要なことは「待つ」ことです。性急に成果を求める教育から時間をかけてじっくり育てる教育に変えることです。この変化の激しい時代にそんな悠長なことはやってられないと批判されるでしょう。それでも待たなければなりません。自分の進路を決められない大学生や「どうせダメだ」と諦めようとする学生を作らないように「急がば回れ」です。(イデちゃん)