idematsu-qのブログ

屋根のない学校をつくろう

大切にしなくてはならないことは

 まずはお詫びから。

 前回、「この本売れるのかな、誰が読むのだろうと他人事ながら心配になります」と書いたところ、早速、お叱りをいただきました。

 「書き残しておかなければならないことがあるから本にするのだ。仮に売れなくても一度書店に流通すれば、一冊は国会図書館に保存されるから、著者の思いは残されることになる。売れるか売れないかは問題ではない」と。

 大変失礼いたしました。著者の志を軽蔑したわけではありませんが、思慮の浅い表現をしましたことをお詫びいたします。

もう一つ指摘をいただきました。

 「大方が自慢と説教とうんちく話の連続だから2冊目は遠慮したくなるというけれど、書店に並ぶ大量の新刊だって似たようなのが多い。毎度、毎度同じような中身を、手を替え品を替えして書いているものがある。事実と俗説の区別がされていないものや、インターネットから引っ張ってきた怪しい話をそのまま使っているような本もある。それが結構売れているというのだからタチが悪い。それに比べれば自費で自慢話を本にするなんてかわいいものだ」と。

 お説、ごもっともでございます。スッキリいたしました。2冊目もいただきます。

 

 緊急事態宣言下、後期高齢者の私にも、ようやくワクチン接種の機会が回ってきそうです。とは言うものの、実際に接種を受けるまでには、まだまだ紆余曲折がありそうです。世間では予約電話が殺到して回線がパンクしたとか、インターネットの受付が30分で満杯になり、コンピュータやスマホを使えない年寄りの扱いが不公平だとか、はたまた、どこかの市では「上級国民」と言われる人が優先的に接種を受けたとか、忖度だの便宜だのという、いつか聞いたことのあるセリフが飛び交ったりして、大騒ぎになっています。今日は、医師会のエライ人がパーティに出ていたとか、日頃言っていること違うとか、テレビが賑わっていました。本当に私にも順番が回ってくるのでしょうか。心配になってきました。

 

 「学生を一人も置いてきぼりにしない」ために「学生だけでなく、社会も納得する授業スタイル」を模索して頑張っている人たちがいる一方で、「早いもの順」や「力のあるもの順」でワクチン接種の順番が決まるような社会ではいけません。正義も不正も書き残しておきましょう。(イデちゃん)