悪い冗談
先代の投げ出した老舗を引き継いだ生え抜きの大番頭が、わずか1年でお店(おたな)を辞めることになったようです。何があったのでしょうか。例によって噂好き詮索好きな長屋の住人が朝から騒いでいると、横丁の御隠居が通りかかりました。
「一体どうなっているんですか」と住人に尋ねられ、自称「物知り・訳知り」の御隠居が「知ったかぶり」の講釈を始めました。
「あの店は結構危ない商売をやっていたらしいな。世間にバレたら都合の悪いことは帳簿を書き直させたり証文を始末させたりして、知らぬ存ぜぬでほっかむりしてきたけれど、いよいよ立ち行かなくなり、先代は『腹が痛い』と言って投げ出した。その跡を継いだのは持ち前の強面で行状の悪い旦那の後始末をしてきた子飼いの大番頭だった。
苦節30余年、何代もの主人に仕えてやっと表に出ることができた大番頭、『さあ、これからは俺が主人だ』と勇んでみたものの、所詮雇われの身。やっぱり気になるのは先代、先々代の御威光と腹の中。他人の悪事の後始末には長けていたけれど、自分でしたいことを考えたことがなかった悲しさで、さて主人になったものの何をしたら良いのかわからない。
そうこうしているうちに、先代の頃から始まった疫病の大流行で二進も三進も行かなくなり、慌ててあれこれ手を出してみたものの、やることなすこと後手後手の的外れ。
先代がやるはずだったお祭りを引き受けたものの、手柄は他国の『ぼったくり男爵』とやらに持っていかれ、聞こえてくるのは『疫病の流行る最中になんで祭りなんかやったのか』と怨嗟の声ばかり。得意の強面も疫病相手にはとんと効き目がないと来たもんだ。
『あんな主人の下では商売できない』と丁稚どもまで騒ぎ出し、こんはずではなかったと慌てふためいて先代に相談に行ったら『俺は知らないよ』とつれなくされて、挙句に『もともと、あんたに継いでもらおうと思っていたわけではなかったんだ』などと言われる始末。梯子を外され万事休した元大番頭は『話が違う、これじゃあやっていられない』とばかり投げ出した」。
「とまあ、こんなところかな。三文芝居の幕が下りたってことだな」と得意げに話す御隠居の鼻の穴が膨らみました。
「ところで、次は誰になるんですか」
「二度あることは三度あるかも」
「御隠居、悪い冗談はやめて下さい」(イデちゃん)